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【JFA100周年企画】

「サッカーで
多くの仲間と
夢を達成できた」
釜本邦茂さん
(元日本代表)インタビュー

2021/06/25
©Walnix

VOICES

サッカーファミリーの声

日本サッカー協会(JFA)は2021年9月に創立100周年を迎えます。ここではサッカーの魅力について考えるきっかけにするために、さまざまなサッカーファミリーにインタビューを実施します。第8回目はメキシコオリンピックでの銅メダル獲得の原動力となった釜本邦茂さんに登場いただきました。 ○オンライン取材日:2021年5月18日

まずはサッカーとの出合いについて聞かせてください。

釜本

私の通っていた京都の太秦小学校が当時、サッカーがすごく盛んだったんです。今のように年中やるわけではなく、寒い時期にやるものという感覚だったのですが、11月から3月頃までは体育の授業がほとんどサッカーで、小学4年生の頃から特に興味を持つようになりました

そこからサッカーに魅了されていった理由を教えてください。

釜本

当時は野球がメジャースポーツだったので、将来は野球選手になりたいと思っていました。しかし小学校時代の姉の担任の先生から「サッカーをやれば海外に行けるし、オリンピックにも出られるぞ」と言われて、じゃあサッカーをやろうということで、中学でサッカー部に入りました。当時、家族の中で私だけ海外に行ったことがなかったので、海外に行けることに魅力を感じました。

撮影: 富越正秀

サッカーと出合ったことで、釜本さんの人生はどのように豊かになったのでしょうか。

釜本

自分の夢を実現することができました。実際に海外に行き、ヨーロッパや南米、東南アジアなど、多くの国を見ることができました。また、1964年東京大会、1968年メキシコ大会と、オリンピックにも2大会連続で出場できました。夢というのはそう簡単にかなうものではないですが、それが実現できたのはサッカーのおかげだと思います。

釜本さんが考えるサッカーの魅力を教えてください。

釜本

自分の夢が実現できること、それを自分だけの力ではなく、多くの仲間とともに達成できることが魅力です。ピッチに立つ11人、控えの選手たち、全員の力を合わせて勝利を目指していくわけですし、私が多くの得点を決めたのも、パスを出してくれる人がいてこそでした。仲間たちとの関係性を築いていくことが大切です。

これまでのサッカー人生で特に印象深い出来事を教えてください。

釜本

やっぱりメキシコオリンピックですね。日本が銅メダルを獲得するなんて、世界中で誰も考えていなかったですから。3位決定戦でメキシコに勝利した瞬間は「ああ、これで終わった」という感情でした。11日間で6試合というのは非常に過酷だったので、疲労感しかなかったです。試合翌日の決勝の後に表彰式があり、表彰台に上がってメダルをもらった時にようやく「これが銅メダルか」と実感しました。

2021年の東京オリンピックで期待することは?

釜本

組み合わせを見ると、難しい相手ばかりと試合をしなければならない印象です。ワールドカップより出場チーム数が少ないので、それは当然だと思います。選手にとってはやりがいがあると思うので、気持ちで負けず、最後まで戦う気持ちを忘れずに臨んでほしいですね。

撮影: 富越正秀

改めて、釜本さんにとってサッカーはどのような存在でしょうか。

釜本

今までずっとサッカーをやってきたわけですし、私の全てと言えるでしょうね。これからも体の動く限りはサッカーに携わり、子どもたちへの指導などを続けていきたいと思っています。

未来を担う子どもたちへのメッセージをお願いします。

釜本

サッカーをやりたい子はサッカー、ラグビーをやりたい子はラグビー、バスケットボールをやりたい子はバスケットボールと、スポーツと一緒に人生を送っていくのはいいことだと思います。それが何であれ、やるのであれば一流を目指してもらいたい。誰もがなれるわけではないですが、そういう夢を描き、実現できるよう頑張ってほしいですし、我々はそれをサポートしていきたいと思っています。

JFAは今年9月に100周年を迎えます。

釜本

毎年、サッカー熱が上がっているのを感じています。アジアのトップに居続けるというのが一つの目標としてあると思いますし、世界でトップ10に入るのは大変難しいことだと思いますが、やはりJFAとしての目標や夢を設定し、追い続けていく努力をしなければいけないと思っています。

次の100年間で、サッカーやJFAに期待することを教えてください。

釜本

新型コロナウイルスの影響で試合が中止になり、練習もできないなど、特に子どもたちはサッカーをしたくてもなかなかできない状況です。そうなるとストレスが溜まりますので、しっかりと体を動かしてストレスを発散させてあげることが非常に大事だと思いますし、これからの100年間で子どもたちが将来のことを見据えていけるように、JFAにはしっかりサポートしてほしいですね。

日本代表通算75得点という釜本さんの記録はいまだに破られていません。

釜本

これを破るような選手が出てこなければ、日本が国際的に勝っていくことは難しいと思います。1試合に1点ぐらいのペースで得点できる選手じゃないと75点を塗り替えるのは難しいでしょうし、Jリーグの得点王も、やっぱり30ゴールぐらいは決めてほしい。点取り屋の存在は勝利に直結しますし、ファン・サポーターの方もわくわくできますからね。これはこれからの100年間ではなく、今後10年の課題としておきましょう。

撮影: 富越正秀
プロフィール
釜本 邦茂(かまもと くにしげ)
1944年4月15日生まれ、京都府出身
小学生の頃にサッカーに出合い、中学でサッカー部に入部。山城高校、早稲田大学と進学し、大学2年時に日本代表に初選出される。翌年、20歳で東京オリンピックに出場。大学卒業後はヤンマーに加入し、引退までの18年間在籍した。その間、得点王を7度獲得、リーグ最多の202得点を記録。チームに天皇杯や日本リーグなど多くのタイトルをもたらした。68年のメキシコオリンピックにはエースストライカーとして臨み、6試合で7得点を挙げ、大会得点王に輝き、銅メダル獲得に大きく貢献した。国際Aマッチ75得点は日本代表歴代1位の記録。

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