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【JFA100周年企画】

「パラスポーツ全体で
戦う姿を見せることで、
障がいに対する考え方が
変わるきっかけづくりをしたい」
川村怜選手
(ブラインドサッカー男子日本代表)インタビュー

2021/08/06
©JBFA/H.Wanibe

VOICES

サッカーファミリーの声

日本サッカー協会(JFA)は2021年9月に創立100周年を迎えます。ここではサッカーの魅力について考えるきっかけにするために、さまざまなサッカーファミリーにインタビューを実施します。第14回目はブラインドサッカー男子日本代表でキャプテンを務める川村怜選手に登場いただきました。 ○オンライン取材日:2021年7月7日

小学1年生の時にサッカーを始めたそうですが、そのきっかけを教えてください。

川村

Jリーグが開幕するなどサッカーが非常に盛り上がっていた時期で、同級生の友達がみんなサッカーを始めていたので、僕もやりたいと思い始めました。地元の小さな少年チームで、みんなと一緒に楽しむ感じでした。

中学、高校時代は陸上部だったそうですね。

川村

1500メートルや800メートルをやっていました。本当はサッカー部に入りたかったんですけど、視力的なハンディキャップがあったため難しく、陸上部に入りました。特別に瞬発力があったわけではなく、長距離も苦手だったので中距離を選びました。中距離は練習が非常にハードで、限界に達したところからさらにギアを上げなければならない競技なんです。そこで培った脚力や精神力は今も生かされていると思います。

大学入学後にブラインドサッカーと出合い、競技に取り組むようになったそうですが、最初にプレーした時の印象を教えてください。

川村

最初にピッチに立った時は、何もできなかったですね。走ることもできなかったですし、自分がどこを向いているのかも分からず、ボールにかかわることが全くできなかったです。それだけ怖かったですね。

その状況から、どのように克服していったのでしょうか。

川村

僕の場合は、チームメイトの存在が大きかったですね。チームには視覚障がい者だけでなく、健常者のGKやガイド、サポートしてくれる方々が大勢いて、男女を問わずいろいろな人が集まってきて非常に楽しいチームでした。そこで練習していくうちに徐々に上達し、できなかったことが少しずつできるようになっていって、楽しくなりました。

©JBFA/H.Wanibe

改めて、ブラインドサッカーの魅力を教えてください。

川村

視覚障がいで見えない中で、こんなにもサッカーができて、こんなプレーができるというのを表現できる競技ですし、目が見えない選手4人と、目が見えるGKの5人でチームが構成されているので、ピッチ上では多様性が体現されていると思います。障がいという概念が存在せず、純粋に真剣勝負ができる点も魅力ですし、目が見えているGKからゴールを決める瞬間は、これ以上ないほど最高の感覚を味わえます。

ブラインドサッカーに出合ったことで、川村選手の人生はどのように豊かになりましたか?

川村

見えないことでサッカーをしたくても我慢しなければならなかったところから、ブラインドサッカーによってもう一度プレーヤーとして挑戦することができたので、自分の人生はすごく豊かになったと思います。また、ブラインドサッカーで仲間が増え、競技に関わる方や応援してくれる方などいろいろな出会いがあるので、今は本当に幸せな人生を歩ませてもらっています。

競技を通じて最も印象的だった出来事を教えてください。

川村

小学生時代から日本代表にずっと憧れていて、学校の式典で国歌斉唱をする時は代表戦の試合前に国歌が流れるシーンを想像していたのですが、2013年に初めてブラインドサッカーの日本代表に選出されてブラジル戦に出場し、『君が代』を聞いたあの瞬間はすごく感慨深かったですね。

©JBFA/H.Wanibe

8月には東京パラリンピックに出場します。

川村

日本のブラインドサッカー界にとって初めてのパラリンピック挑戦となるので、これまでに挑み続けてくれた先輩たちの思いも背負って臨みたいですし、歴史に残るような戦いをお見せしたいです。厳しいグループに入ったことである意味、開き直れました。本気のブラジルや中国、フランスと試合ができるのは本当に楽しみです。

JFAは今年9月に100周年を迎えます。

川村

壮大な歴史を感じますし、本当に多くの方々が携わり、支え合ってきたことで100周年を迎えたと思います。この時代に存在することができて非常にうれしく思います。

ブラインドサッカーをさらに普及するためには何をすべきだと思いますか?

川村

競技者としては、日本代表が世界で活躍する姿、勝利する姿を皆さんに届けることが一番の普及になると思います。目が見えていないとは思えないようなプレーをしていくことで、サッカー界やスポーツ界、社会にいろいろなメッセージを届けられると思うので、パフォーマンスで貢献したいと思っています。また、ブラインドサッカーという競技、大きく言えばパラスポーツ全体が国民の皆さんに戦う姿をお見せすることで、障がいに対する考え方や印象、行動などが変わるきっかけづくりをしたいと考えています。

未来を担う子どもたちへのメッセージをお願いします。

川村

好きなことを見つけてとにかく楽しんでほしいですし、楽しむ場をもっともっと増やしていけるような社会全体の取り組みも必要だと思います。スポーツをしたり、体を動かしたりできる環境を整え、もっと気軽にスポーツを楽しんでほしいですね。

これからの100年間でJFAやサッカー、ブラインドサッカーに期待することを教えてください。

川村

今回の100周年を一つのきっかけとして、11人制サッカーだけでなく、フットサルや障がい者サッカー、ウォーキングサッカーなどを気軽に楽しめる環境づくり、普及活動をもっともっとしてほしいと思っています。女子チームや障がい者サッカーのチームを保有するJクラブが増えれば地域への密着度も高まると思いますし、僕らは競技者として競技の魅力をどんどん伝えていきたいです。

©JBFA/H.Wanibe
プロフィール
川村 怜(かわむら りょう)
1989年2月13日生まれ、大阪府出身
幼少期に発症したぶどう膜炎により視力が低下し、小学校時代はサッカーをプレーするも、中学からは陸上競技に転向する。2007年に進学した筑波技術大学時代にブラインドサッカーを始め、2013年の国際親善試合でブラインドサッカー日本代表に初選出。その試合で代表初ゴールを記録した。その後も日本代表の中心選手として活躍し、現在は日本代表チームのキャプテンを務める。

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