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【JFA100周年企画】

「サッカーは非常に奥深く、
限界のない競技でもある」
半田悦子監督
(ちふれASエルフェン埼玉)インタビュー

2021/09/03
©WE LEAGUE

VOICES

サッカーファミリーの声

日本サッカー協会(JFA)は2021年9月に創立100周年を迎えます。ここではサッカーの魅力について考えるきっかけにするために、さまざまなサッカーファミリーにインタビューを実施します。第17回目は元日本女子代表で現在はちふれASエルフェン埼玉の監督を務める半田悦子監督に登場いただきました。 ○オンライン取材日:2021年7月28日

まずはサッカーと出合ったきっかけを教えてください。

半田

小さい頃から体を動かすことが好きで、小学3年生の時に何かを始めたいと思った時に、選択肢としてミニバスケットボールとサッカーがありました。生まれも育ちも静岡県清水市(現静岡市清水区)で、兄がサッカーをしていたこともあって自然にサッカーを選びました。最初は男子チームの練習に参加したのですが、女子チームがあることを知ってすぐに移りました。清水市では当時から小学校単位で女子チームがあり、リーグ戦が行われるぐらい女子サッカーが盛んだったんです。

そこからサッカー一筋だったのでしょうか。

半田

中学ではサッカーを続ける環境がなく、陸上部に入りました。そのタイミングで小学生時代の恩師である杉山勝四郎監督が清水第八SCを設立してくれたんですが、私は陸上を続けました。中学3年で部活を引退した後、半年だけサッカーをやろうと思って清水第八SCに入ったところ、第2回全日本女子サッカー選手権大会で優勝し、高校1年の時には日本女子代表が初めて発足されて私も選んでいただきました。全日本女子選手権で優勝し、日本代表にならなければ今の私はいなかったでしょうし、その時にサッカーの魅力に取りつかれ、のめり込んでいきました。

1989年に発足した日本女子サッカーリーグ時代は、仕事をしながらプレーしていたのでしょうか。

半田

静岡はサッカーどころなので、他の都道府県に比べて手厚く応援していただいていました。リーグ開幕は今から30年以上前でしたが、仕事を半日で切り上げて午後から練習というサイクルでやらせていただいていましたし、現役最後の3年間は、スポンサー企業のご厚意でサッカーに専念できる環境でやらせていただきました。静岡県全体でサッカーを応援してくれていて、女子サッカーも、認知度が低い中でも多くの方に応援していただきました。

これまでのキャリアで特に印象深かった出来事を教えてください。

半田

日本女子代表が初めて出場した1981年のAFC女子選手権(現AFC女子アジアカップ)ですね。当時は日本で試合をすると、観客が家族や知り合いだけという状況が多かったのですが、開催地の香港ではスタジアムが満席になり、その中でプレーしたのがすごく印象に残っています。女子サッカーは国によって注目度が違うんだな、と感じました。海外の選手と試合ができたり、普段の生活では得られないものを感じられたりと、貴重な経験ができました。

©J.LEAGUE

半田監督が感じるサッカーの一番の魅力を教えてください。

半田

サッカーはチームスポーツなので、試合に勝った時はみんなで喜びを共有し、うれしさが10倍にも20倍にもなります。負けてしまった時もその悔しさをみんなで共有し、次に向かって頑張ろうと前を向くことができます。人と人がつながり、自分だけの力では得られない経験を分かち合えるところが魅力だと思います。

サッカーと出合ったことで、人生はどのように豊かになったのでしょうか。

半田

チームの中で辛いことがあっても、仲間やいろいろな方に助けられて乗り越えることができますし、多くの人とのかかわりを持つことによってすごく成長できたと思います。

改めて、半田監督にとってサッカーはどのような存在ですか?

半田

監督という今の仕事柄もありますが、自分の生活の一部というか、サッカーのことを考えない日はありません。自分自身を成長させるもの、楽しませてくれるものだと思っています。

9月にはWEリーグが開幕します。半田監督にとっても新たなチャレンジとなります。

半田

第1回の日本女子サッカーリーグに選手として参加した時、リーグ戦が始まるってどんな感じだろうとドキドキ、ワクワクし、日本女子サッカーを盛り上げていきたいとみんなが思っていました。その時の感覚がまだ自分の中に残っていて、WEリーグの開幕に向けて自分にできることが一つでもあればチャレンジしたいという気持ちと、みんなで女子サッカーを盛り上げていきたいという気持ちがあります。責任やプレッシャーはありますが、頑張りたいと思っています。

同じく9月にJFAは100周年を迎えます。

半田

私自身もサッカーに長く関わってきた中で、女子サッカーはJFAと共に成長してきたと感じています。

未来を担う子どもたちへのメッセージをお願いします。

半田

サッカーは非常に奥が深いですし、いろいろな答えがあります。ですが、チャレンジすることで楽しさを感じ、できることが一つずつ増えていきます。また、限界のない競技でもあります。そういった体験をみんなと共有しながらいろいろなことにチャレンジしてほしいし、その楽しさを感じてほしいです。

これからの100年間でサッカーやJFAに期待することを教えてください。

半田

今後の発展のためにも、たくさんの子どもたちにサッカーにかかわってほしいと思っています。一方で、女子サッカーには今なお地域差があり、身近に女子チームがないという問題もあります。ソフト、ハードの両面で、サッカーをしやすい環境が今以上に整備されてほしいと願っています。

©Walnix
プロフィール
半田 悦子(はんだ えつこ)
1965年5月10日生まれ、静岡県出身
小学3年時にサッカーを始め、1980年に清水第八SCに加入。フォワードとして頭角を現し、1981年に発足した日本女子代表に選出された。89年のAFC女子選手権で日本女子代表初得点を記録。その後、代表では75試合19得点を挙げた。日本女子サッカーリーグ(Lリーグ)の鈴与清水FCラブリーレディースでも8シーズンに渡って活躍。現役引退後は指導者に転身し、2004年から常葉学園橘中学校、2011年から常葉学園橘高校で監督を務める。11年にJFA公認S級コーチライセンスを取得。21年にWEリーグに参入するちふれASエルフェン埼玉の監督に就任した。

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